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妄想 2008/02/27
替天行道

ついにドラマ版『水滸伝』最終回。
「さすがに最終回は、これまで各話ごとに分散して登場していた好漢たちが全員勢揃いして、みんなで都へと攻め上るのだな」と考えていたぼくの予想を裏切り、最終回でも好漢たちは少数精鋭の単独行動。
結局、中村敦夫と土田早苗、あおい輝彦らは、わずか7人で都へ乗り込み、民衆をアジり、皇帝(演ずるは水谷豊!)を守り、高求をタクラマカン砂漠(?)へと追い詰めて、さくりと一撃で仕留めてしまった
「おいおい、それなら梁山泊に108人も好漢集める必要なかったじゃん!」
と思わないでもなかったが、まあ、何だかんだで面白かったからよしとしよう。

『水滸伝』というお話は、1000年近くも前の中国人の感性、倫理観の上に成り立っているお話なので、現代の日本人が読むと、どうしても首を傾げざるをえない部分が多い。
たとえば、梁山泊の頭領である宋江どのときたら、劉備や劉邦といった、知将猛将になぜか好かれるカリスマ君主を知っている人間でも、「は? どうしてみんなこいつのことそこまで持ち上げるの?」と疑問に思うくらいに能がない。能がないだけならまだしも、好漢を仲間にするためなら卑屈で卑劣なことも平然とやらかすイヤな男なのである。
そんな色黒の小男が、あまたの豪傑たちに慕われて108人のトップにいるという事実は、ちょっと日本人には理解しがたい。

しかしその点、このドラマでは、主人公は林中と割り切って、豪傑たちが慕うのは林中ということにしている。あくまで頭領は林中ではなく晁蓋であり、その死後は(なぜか宋江ではなく)盧俊義なのだが、英雄豪傑たちの輪の中心にいるのは林中なのである。
おかげで、このドラマは非常に判りやすくなっている。原作ではどうやっても宋江に感情移入などできないが、ドラマでは林中に感情移入していればいいのだ。

……まあ、あえてこのドラマの林中に物申すとすれば、もうちょっと扈三娘にやさしくしてやってもよかったんじゃないの? ということくらいか。
バリバリにアレンジ入ってるんだから、最後にふたりをくっつけてもよかったのに……。