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妄想 2014/07/10
明け方のオランダvsアルゼンチン。

ロッベンやペルシは、あれだけの才能があるのに、国際大会では無冠のまま終わるのか。前のワールドカップでは準優勝で、この前のEUROではグループリーグ敗退だしなあ。
それにしても、開催前から大物選手の怪我が多い大会だった。これで決勝でメッシだのノイアーだの、あのあたりの選手が大怪我なんぞしたら、のちのちまで呪われた大会とかいわれるぞ。

今週のアニポケ。
ルチャブルのわざを、いきなり自分で受けてみたいというスーパーマサラ人サトシさん。暴走ピカチュウの10まんボルトを食らって平然と立ち上がるだけのことはある。

そしてひっそり第6回。


       ――〈06〉――


 チャイナタウンのさる大物がオーナーだという『サウスベイ・キッチン』は、カジュアルなヌーベル・シノワをリーズナブルな価格帯で提供する店として知られている。
 厨房で腕を振るうのは中国本土から招聘されたシェフたちで、味のほうは折り紙つきだが、かといって格式ばりすぎてもおらず、アメリカ人の口に合うアレンジと行き届いたサービスによって、ガイドブックなどでは一押しの店として紹介されることも少なくない。
 その店の裏手の路地で、アルバは習い覚えたばかりの拳法の型を繰り返している。
 正確にいえば、誰かに習ったわけではない。チャイナタウンの若者たちが稽古しているのを間近に見て、記憶を頼りにそれを再現しているのである。
 フェイト――〈サンズ・オブ・フェイト〉のリーダーの弟分である自分が、正式にチャイナタウンの誰かに師事してしまえば、ギャング同士のいさかいにチャイナタウンを巻き込んでしまわないともかぎらない。だからアルバは、チャイナタウンの人々に直接教えを乞おうとはせず、ただその稽古を見るだけにしていた。
 そうやって目で見て頭で覚えたものを、時間のある時に何度も繰り返して身体にも覚えさせるのが、アルバの修行なのである。
 虚空に拳を打ち込み、見えない敵に向かって蹴りを叩き込む。流れるようなコンビネーションをひとしきり繰り返したアルバは、今度は逆にぴたりと動きを止めた。
「――――」
 片足立ちのまま、1分以上もじっと動きを止めていたアルバは、近づいてくる足音を聞きつけて静かに深呼吸した。
「――おい、アルバ!」
 アルバが両足で立った時、裏口のドアが開いて年上のバイト仲間が顔を覗かせた。
「もうメシはすませたんだろ?」
「はい」
 開けていたシャツのボタンを留めながら、腕時計で時間を確認する。休憩時間はまだあと10分ほどあるはずだった。
「ちょいと早いが、休憩明けの前に先にオフィスへ行ってくれ。マダムがお呼びだ」
「マダムが?」
「よく判らんが、おまえさんに話があるとさ」
「判りました」
 うっすらと汗の浮かんだ顔を冷たい水で洗い、軽く髪に櫛を通してから、アルバは店の奥のオフィスへ向かった。
 マダム・リーはオーナーの親族のひとりで、実質的にこの店の経営をすべて任されている。
 マダムといってもまだ20代の未婚の女性で、アルバも詳しくは知らないが、現在のチャイナタウンでは、若い世代を取りまとめる次代のリーダーと目されているという。保守的な中国人社会においては稀有な存在といえるのかもしれない。
「――失礼します」
 アルバがノックをしてオフィスのドアを開けると、窓を背にして置かれた巨大なマホガニーのデスクに寄りかかっていたマダムが、耳もとに携帯電話を押し当てたまま微笑んだ。
 チャイナカラーの真っ赤なジャケットに、大胆なスリットの入ったタイトスカート――自分の親ほども年の離れた財界の男たちを相手に日々戦っている彼女には、そんな挑戦的なスタイルがよく似合っていた。
「……お待たせ」
 携帯電話をたたんでジャケットのポケットに放り込み、マダムは軽く嘆息した。
「何かご用でしょうか、マダム?」
「ご用というほどのことでもないんだけど、いろいろとね。……ところであなた、大学のほうはどうなの? 万事そつのないあなたのことだから、うまく両立させているとは思うけど」
「はい。自分ではうまくやっているつもりです」
「じゃ、こっちのほうは?」
 マダムは右手を拳に握って突き出した。拳法の修行のほうは――ということだろう。
「マダムとくらべればまだまだです」
「わたしとくらべたってしょうがないでしょう? 長老たちにいわせれば、わたしだってまだまだ小娘あつかいよ」
「ご謙遜を」
 アルバは右の拳に左手を添えて一礼した。
 プロポーション維持のために毎日の中国拳法の稽古は欠かさないというマダムだったが、彼女のそれが単なる美容術の域を超えているということをアルバは知っている。
 あふれるほどの天賦の才に加えて、少女の頃からあまたの実戦を経験してきたというマダムの実力は、おそらく現在のチャイナタウンでも五指に入るだろう。噂によれば、若かりし日の“伝説の狼”とも闘ったことがあるという。
 そんなマダムと闘ってかならず勝てるかといわれれば、さすがのアルバもすぐには首を縦に振ることはできない。どうにもこのマダムには、年に似合わない懐の深さというべきか、得体の知れないところがあるように思えてならなかった。
「まあいいわ」
 したり顔でうなずき、マダムはデスクの上に広げられていた資料を手に取った。長い脚を組み換えた拍子に、銀のアンクレットについていた小さな鈴がかすかに鳴る。
「――あなた、来月からフロアのほうに出てちょうだい」
「私が……ですか?」
 今のアルバの仕事は、皿洗いや材料の下ごしらえといったものがほとんどで、まだ鍋も振らせてもらえていない。もともと調理師になるためにやっているバイトではなかったし、下ばたらきのような今の労働内容に文句をつけるつもりはなかったが、いきなりフロアでの接客に回れといわれて面食らったのは事実だった。
「仕事の内容はひと通り把握しているでしょう? それとも、厨房のほうの仕事を続けたいの?」
「別にこだわりはありません。……ただ、なぜ新入り同然の私がと思ったものですから」
「決まってるじゃない、あなたがいい男だからよ」
 マダムは間髪入れずに答えた。
「せっかくの美男子なんだから、お客さまに見えるところに出さないともったいないじゃないの。――たぶんあなた、タキシードを着せたらすごく見映えするわよ」
「それはどうも」
 ストレートなマダムの賞賛の言葉に、アルバは軽く頭を下げた。
 マダムはああいったが、何もアルバの外見だけでそう決めたわけではないのだろう。アルバの仕事ぶりを正当に評価したからこその判断に違いない。
 それに、英語のほかに流暢なドイツ語とかたことのスペイン語を使えるアルバの才能を生かすには、確かに調理担当よりも接客担当のほうがいいのかもしれない。海外からやってくる観光客が、かならずしも英語が通じる相手だとはかぎらないからである。
「でね」
 資料を放り出し、マダムはアルバを見つめた。
「――あした、3時くらいに店に来られる? 大学の講義があるならそちらを優先させてもかまわないけど」
「いえ、大丈夫です」
「それじゃさっそくタキシードの採寸に行くから、時間を空けておいてちょうだい」
「判りました」
「それとね」
「はい?」
「あなた、サウスタウンブリッジのあれ、観たことある?」
「サウスタウンブリッジとおっしゃると……週末のストリートファイトのことでしょうか?」
「ええ」
 取りとめもなく話題が大きく変わったことに戸惑いながらも、アルバは否定の意味でゆっくりと首を振った。
 物見高いギャラリーの前で腕自慢の男たちが賞金を懸けて闘う光景は、このサウスタウンでは特に珍しいものではない。しかし、週末ごとにサウスタウンブリッジでおこなわれるそれは、ストリートファイトで名を上げようとする者にとっての登龍門ともいうべきイベントだった。
 ただ、そうした噂は耳にしたことがあっても、アルバがそれを自分の目で確かめたことはないし、もちろん出場したこともない。
 アルバはふと眉をひそめ、いぶかしげに呟いた。
「まさかマダム、ご自分でお出になるおつもりで――」
「そんなわけないでしょ。……そうじゃなくて、あなたはどうなの?」
「どうなのとは?」
「興味ない?」
「ありません」
「観るほうに? それともやるほうに興味がないの?」
「どちらにもです。幸か不幸か、今はほかにもっとやるべきことがありますから」
「真面目ね」
「いけませんか?」
「ほめてるのよ」
 マダムはデスクの向こう側に回り、いかにも座り心地のよさそうな椅子に腰を降ろすと、肩をすくめてひらひらと手を振った。
「もういいわ。仕事に戻りなさい」
「はい。失礼します」
 アルバは、慇懃に一礼し、仕事に戻った。