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妄想 2015/11/30
『隋唐演義』、最終回。

全62話、1話も逃さず全部観たが、やはり『水滸伝』のようなまとまりのよさはなかった。一番の違いは、主要キャラの終わり方を描くのがヘタだったという点だろう。
『水滸伝』の豪傑たちは、各勢力との戦いで戦死していく者も多かったが、林冲、魯智深、武松といった有名どころの最期はきちんと描き、いつの間にか死んでいた、なんてことはなかったし、宋江と鉄牛の最期も最終回でちゃんと描かれた。取り残されたほかの英雄たちについても、ラストでその後を説明してあり、全体を通してみても、遼、田虎、王慶の討伐戦を省略したこと以外は特に不満のないできだった。
だが、『隋唐演義』は、登場する英雄豪傑や将軍たちの数こそ負けずおとらずだが、出しっぱなしで使い方もあまりうまくない。煬帝をあやつって祖国の仇を討とうとしていたらしい蕭美娘も単なる頭の悪い悪女で終わったし、それにうまくあやつられた李密も、それに忠義立てして死んだ王伯当も、明らかに描き方が足りなかった。ぽんぽん景気よく投入された豪傑たちの最期やその後もたいがいはスルーしているし。
また、主人公の叔宝が、メンツが揃ってから活躍の場もセリフも激減したのがよろしくない。どうせフィクションを交えた架空戦記すれすれの物語なのだから、もっと彼を戦場で活躍させてもよかったような気がする。後半は一気に叔宝の出番が減り、逆に羅成のほうが苦悩する主人公タイプそのままといった展開になってしまったので、いっそもう、叔宝と羅成、単雄信の3人をメインにした友情物語のほうがよかったのではないか。

ただ、『西遊記』や『水滸伝』は自分でも書いてみたいと思うことはあっても、『隋唐演義』についてはまったくそう思わないのはなぜなのだろう?